かしネコ

本文

深海こずえ

短編

第一話

一月某日 一五:二〇


「深海さん」

透き通った声だった。

「申し訳ない、待たせちゃったかな」

待ち合わせの時間まではまだ余裕があるのに、まるで恋人みたいなことを彼は口にする。

「べつ、に。電車が早く着いちゃっただけ」

「そっか。それじゃ、行こうか」

そう言って、ひとりアスファルトの上を進んでいく。私も見失わないように、少しだけ間を空けてその背中を追う。

振り向くことはない。けれど、歩く早さはいつでも私に合わせている。中途半端な気の遣い方。

浅山さんと出会って、もう半年になる。


七月某日 一五:二〇


何の変哲もない、バスロータリー近くの広場。

賑わう街の中心は駅を挟んで向こう側で、平日の午後ともなると人通りもそう多くないこの場所は、援助交際を目的に集まる人間のたまり場になっていた。

自らの若い身体を商品として並べる女子中高生と、それを買い求める大人。法律で禁じられている行為だが、私は悪いことだとは認識していなかった。至極まっとうなことと思い、そうして小遣いを稼いでいる同級生とも仲良くなって、色々な話を聞いていた。


そんなある日の放課後だった。

「一度来てみれば? あんたキレイだし胸おっきいし、処女は高く売れるよ」

彼女の不躾な物言いには慣れていたが、ふたつ引っかかることがあった。ひとつは彼女の方がはるかに胸が大きいこと、そして、

「私が未経験だなんて、言った覚えないけど」

「嗅げばわかるわよ。男のニオイ、ぜーんぜんしないもん」

まるで犬だ。これも経験を積んだ女のなせるワザなのか。

「それとも、いつか出会う運命の人のために『膜』はとっておきたい?」

口許をいやらしく歪める。犬というか、オヤジだ。

「そんなことは、ない、けど」

「けど?」

特別好きな相手もいないし、処女を後生大事に抱えていたいとも思わない。セックスへの興味だって、人並みにはある。

それでも今まで行動を起こさなかったのは、やはり頭では割り切れないものがあったからだろうか。しかし、

「いいよ、行く」

これも何かきっかけなのだろう。そう考えることにして、私は彼女と連れ立って広場へと向かった。


——のが、三十分ほど前のこと。

「あたしに任せて!」と息巻いていた彼女は、到着して早々に自らの客を見つけて、ホテル街の方へ消えてしまった。常連で断るに断れなかったらしい。申し訳なさそうにこちらに顔を向け、中年男と腕を組んで歩く姿は実にシュールだった。

こんな状況を覚悟していなかった訳ではない。が、やはり心細く、隠れるように壁際によりかかっていた、その時だった。

「あの、いいかな」

鼓膜を響かせたのは、今も変わらない、この場には似つかわしくない透き通った声だった。


一月某日 一五:三〇


「深海さん?」

はっと我に返る。歩きながら過去の記憶を手繰っているうちに、ホテルに着いていたらしい。浅山さんが私の顔を心配そうに覗き込んでいた。

「大丈夫? 気分でも悪いかな」

「違う。ちょっと、考えごと」

入り組んだエントランスを潜り、自動ドアを抜ける。

「ならいいけど。身体は大事にしないといけないよ」

彼が適当に部屋を選んで、前払いの料金をカウンターで支払う。

「体調が崩れるとしたら、浅山さんの要求がハードすぎるせいだから」

「ははは。これでも、それなりに気を回してるつもりなんだけどなあ」

何を。結局最後はいつも、ひとのことなんてお構いなしに腰を打ち付けるくせに。とは口には出さなかった。


二人でも狭いくらいのエレベーターに乗り込み、指定の階へ昇っていく。

「浅山さん」

「うん?」

「別に、名前で——こずえって呼んでも、私は嫌がったりしないけど」

少しだけ、自分の声が上ずった気がした。

「ありがとう。でも、こう呼ぶのが好きなんだ。深海さん」

「……そう」

男は、女を下の名前で呼んで征服欲を昂らせるものだと思うのに。おかしなひと。


扉を開け、明かりを点してローファーを脱ぐ。安物の地味なスリッパに履き替えて、部屋の奥へと進んでいく。

「勝手知ったる何とやら、だね」

「ホテルなんてどこも同じ作りだもの。半年もあれば身体が憶えるわ」

鞄をソファへ投げると、手早く制服を脱ぎ去っていく。下着もためらいなく、床に放る。

「おなかの調子はどうだい」

「平気。お昼も多めに食べてきたから、浅山さんも満足でき——」

言葉にした瞬間、自らの身体の変化に気が付いた。

「どうしたんだい?」

「あ、えっ」

「?」

「何でも、ないっ……シャワー浴びてくる」

胸も股間もさらけ出したまま、食べ過ぎで少しだけ、ぽっこりと膨らんだ臍周りを両腕で隠して、私は浴室に駆け込んだ。


七月某日 一五:二五


「見ない顔だね、ここは初めて?」

爽やかな声音に調子が狂わされる。もっと下品で、湿った声がかけられるものだと思っていたから。

彼はためつすがめつ、無遠慮に私の身体を探り見る。

「な……何」

「君、処女?」

「んなっ」

間抜けな声をあげ、顔が一瞬で真っ赤に染まってしまう。

「ああ、いや。ごめん。悪気はないんだ」

「そ、そっちの方が、タチが悪い」

「それもそうか——申し訳ない」

ばつが悪そうに微笑む。そんな表情を見せられると、こちらも二の句が継げなくなってしまう。ずるい顔。

「……それで、買うの、買わないの。どっち」

軽く睨み、投げるように言葉を紡ぐ。

「そうだね。これくらいで、どうかな」

薄情な友人から、相場の話は耳にしていた。

彼が両手の指で示した金額は、その五倍だった。


一月某日 一五:四〇


(ほんと、何でついていっちゃったんだろ)

ぬるま湯に胸を打たれながら、私は再び過去の追想に耽っていた。

(お金に困ってた訳じゃないし。あんなことするって、最初からわかってたら——けど)

それでも、今もこうして一緒にいる。馬鹿な自分。どうしても逆らう気になれない彼の声が、頭の中で反芻される。

「……はぁっ……」

未だ誰一人として触れたことのない下腹部が、少しだけ熱くなった。


バスタオルを巻いて寝室に戻ると、ソファに掛けていた彼がベッドの上を指差した。

「今日は、それでお願いするよ」

真っ白なシーツの上に映える、えんじ色のブレザー。コスプレ用の安物なんかじゃない。私も街で目にした覚えのある、そこそこ大きな私立女子校の、本物の制服だ。胸ポケットには校章の刺繍も施されている。

「毎回毎回、こんなの一体どうやって……」

「できることなら、深海さんの制服そのままが一番なんだけどね」

「絶対イヤ」

さすがに、学校へ着ていく服がなくなることは避けたい。

タオルを床に落とし、彼に背を向けて淡々と制服を身に着せていく。下着は必要ない。ブラウスに、わずかに硬くしこった乳首が擦れた。

背後から腰に腕が回される。力を抜いて体重を預ける私の身体を、彼の指が布越しに這う。

「ぁ……んふっ」

身をよじり、顔を背後に向ける。掌が前髪をかきあげ、唇が額に触れた。軽い、吸盤のような音。

「……跡が残るの、困るんだけど」

「大丈夫だよ。髪で隠れる」

お構いなしに顔中を舌でなぞり、耳の裏、顎の下、首筋と次々にしるしをつけて回る。それでも唇同士が重なることはない。どうしようもなく、身勝手。

首から上を唾液で浸しきって、ようやく気が済んだらしい。腕の中から私を解放して、静かに告げる。

「始めようか」

「……ん」

枕の向きとは逆さまに、頭だけをベッドの端から出して仰向けに寝そべる。美容院でシャンプーしてもらうような姿勢のまま、用意していた革の手錠と鎖で、伸ばした四肢がベッドの脚に繋ぎとめられる。 ぶらりと宙に浮いた生首を除いて、私の身体はベッドに固定された。

「これも、もう慣れたものだね」

「——そうでもない」

無理な姿勢で、自分の声が掠れているのがわかる。

「辛いかい?」

「それは、浅山さんが気にすることじゃない」

「ありがとう。じゃあ、遠慮なく」

ひっくり返った視界の中心で、彼はスーツを脱いでいった。

今のところ、私が知っている唯一の『それ』は、既に硬く隆起し、赤黒い血管をたぎらせていた。先端は力強く天を向いて、てらてらと照明の光を反射している。

「深海さん。準備はいいかな」

無言で頷いた。彼が歩み寄り、ベッドに手をついて膝立ちになる。グロテスクな肉の塊が、鼻先で揺れている。

私は瞳を閉じ、息を整え、ゆっくりと口を大きく開いた。そして、

「ふう゛っっ!!」

どずん——と、鈍く重い音が聞こえた気がした。彼が腰を勢いよく突き出して、私の口腔を、喉を貫いていた。根元まで押し入られ呼吸が詰まる。

「ん、むぅ……っ」

ゆるやかに腰を揺らし、苦悶の唸りを楽しむと今度は一気に引き抜く。鈴口と唇の間に、細く透明な吊り橋がかかった。

「っは、ぁ……ゲホッ」

「相変わらず名器としか言い様がないね、君の喉は」

「ふはぁ……それ、はどう……んオ゛ッ!!」

言葉を遮って、再び杭を突き立てる。わずかに腰を引いて、三度。四度。本当に無遠慮に、強引な抽送が繰り返される。

「ぁがっ、んぶッ、う゛ッ」

頬の粘膜が摩擦で炙られ、次第に私の意識はとろけていく。熱が頭から全身に広がり、感覚が麻痺していく。

この半年ですっかり被虐趣味に仕立てられた身体は、苦痛を快感と錯覚し浅ましくむさぼって、ぬめった廃液を股から垂れ流してしまう。不本意なことだけれど。

「むぐっ、んぁ、ンぅう゛……」

突き出した舌先が亀頭と触れる度に広がるカウパーの塩味。彼が確かに感じているという事実が、私の愉悦に重なっていく。

「はぁぅ——あっ、ぐ……っ」

身体の内側を絶え間なく襲う強い刺激に、私の方の限界は、思っていたよりも早く訪れた。

「ンぐ、ぅん、ぶっ」

瞼の端に涙が滲んで、顔が紅潮する。鼻息が荒くなって、腹が痙攣したように揺れる。

彼もそれを察し、素早く腰を引いた。途端、

「かはっ、……むぷっ、ぅお゛げえ゛エ゛ぇェェ……ッ!!」

蛙のような悲鳴を上げて、私の口から今日の昼食が逆流していく。 半固形のそれは、異臭を放ちながら私の額と髪を伝い、カーペットにまだらなクリーム色を広げていった。

「う゛ぇ……ぅッ、あぶっ」

「綺麗だよ、深海さん」

汚物で覆われた私の顔を、彼は恍惚の表情で見下ろしている。唾液にまみれ輝く肉棒も、先程よりひと際大きさを増しているように見える。

「ここからが本番、だからね」

そう言って、震える唇を強引に塞ぐ。

「はぷッ!!」

絞めるように首を両手で掴み、吐瀉物をローション代わりに、今までとは比べ物にならない勢いで腰を打ち付けていく。

「うっ、おッ……うぐっ、むぅン——」

垂れ下がった一対の袋がぺちぺちと鼻に当たる。

一度吐き出して、たがが外れてしまったのか、喉を抉られるたびに胃が搾り出すように中のものを送り返してくる。

「あがっ……ぅ、ふう゛ゥぅっ」

口の端や鼻の穴から泡立った胃液が溢れていく。

「ひう゛っウ……ふぐッ♥」

こんな仕打ちを受けてもなお、私の性感は昂り続けた。ヴァギナは壊れたポンプのように愛液を噴出させ、スカートの裏地を汚す。

「あッ、うゥぶ……んンゥぅ……」

「いいよ……っ、深海さん、最高だ」

目を見開いて涙を流す私に、彼は切羽詰まった様子で声をかける。

「ふか、み……さん。もう——」

ピストンが一層力強さを増した。肉と内蔵を裏返されるような痛みを——快楽を、全身で受け止める。

「イクッ!!」

彼は根元まで深く深く突き刺して、食道に直接熱い滾りをぶちまけた。

「んぶう゛ウ゛ぅゥゥーッっ!!」

誘われて、私も高い絶頂へと上り詰める。身体が弛緩し、股から勢いよく飛んだ熱い水と、続いて太腿を浸すように広がる生温い湯の感触に溺れて、私の意識は薄らいでいった。


一月某日 一七:三〇


異臭と、鼻から喉にかけての焼け付くような痛みで目が覚める。

「おはよう」

「……最っ悪」

それは寝起きで最初に目にした彼の笑顔のことではなくて。

「ベッドに寝かせ直すなら、一緒に顔くらい拭いておいてくれてもいいと思うんだけど」

「ごもっとも。でも、あまりにも綺麗だったから、ついね」

「ゲロまみれの顔を褒められても、嬉しくない」

恐らく、メイクも大変なことになっているはずだ。

「でも、本音だよ」

「わかってる——この、変態」

「どういたしまして」

ささやかな恨み言もまったく意に介されない。この人が怖気付くようなことなど、この世にあるのだろうか。

私は身を起こし、スカートの中に手を伸ばす。

「……やっぱり、最後のはアレだったんだ……」

「今日も、お漏らししちゃったね」

『今日も』。彼の言う通り、こんなことは初めてではない。小水なんて序の口で、経血から排便まですべて見られている。まだセックスもしていないのに。

「で、いつも通り服は持って帰るわけ?」

「もちろん」

持ち帰ってどうするのかは、あえて聞かない。気にしないことにする。するしかない。

「ああ、そうだ」

思い出したように、彼は傍らに置いてあった茶封筒を差し出す。

「これ、今日の分。無駄遣いはしないようにね」

「……どうも」

無駄どころか、一銭も使っていない。これまでの分も同じく封筒に入ったまま、家の机の引き出しに放り込まれている。

「浅山さん。今日は、あとどれくらい?」

「そうだね。一時間てところかな」

「——ふぅん」

興味ない風を装って、再びベッドに寝転がる。彼もすぐそばに並んで、満面の笑みをこちらに向けてくる。

一時間。そのくらいなら、この顔の絶望的な不快感も、我慢できると思った。

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